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Deep Silence

Category : 宗教
(αS-D)
unknown-condominium


通りがかりのマンション、anti-shake(手ブレ防止)機能のためか、シャッタースピードを遅めにしても鮮明な画像を撮れるようだ。

 遠藤周作の「沈黙」を読み終えた。鎖国状態にあった江戸時代、ポルトガル人宣教師がキリスト教弾圧の激しい長崎に上陸し、そこで信仰と布教に燃える日々のあと、囚われて棄教を強制される苦しみの日々を送る。自分が転宗を拒むために目前で次々に日本人信徒たちが処刑され、その事実に耐え難い苦しみを味わいながらも神に忠実であろうとする宣教師の姿が痛々しい。小説というのはあくまでもフィクションだけど、当時の長崎ではこの「沈黙」に書かれているような残酷な弾圧が実際に行われていたらしい。深い信仰を維持しつつも、過酷な運命の中で転宗を余儀なくされる宣教師の心の動きが重々しく伝わってきた。
 あまり深い信仰をもたない僕だけど、キリスト教が邪教とされて迫害を受けたこの時代の日本を描いたこの小説を通して考えさせられることは多かった。
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テーマ : 感想文
ジャンル : 小説・文学

8月15日

Category : 宗教
昭和16年12月8日、真珠湾攻撃の爆撃隊長だった淵田という人物を追うドキュメント番組を見た。戦後キリスト教の牧師となり、日本とアメリカで布教活動に尽力したという。
きっかけは、日本軍に両親を殺されたアメリカ人の少女が、献身的に日本人捕虜の世話をしていたという事実を聞いたこと。その少女を動かしていたのは聖書にある「赦し」の心だった。
淵田氏はこの話に心打たれて自らも洗礼を受けた。赦しの心を教え、戦争による憎しみの連鎖を絶つことを説くために牧師となったのだそうだ。
私はそれほど宗教を重んじていないが、肉親を殺した相手を赦し、その存在を受け入れるほどの悟りを人に与えることができるのは宗教だけなのかも知れないと思った。
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